亀岡に今も残る弓矢の名手・那須与一ゆかりの地「那須与一堂」の伝説を絵本に。

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亀岡に今も残る弓矢の名手・那須与一ゆかりの地「那須与一堂」の伝説を絵本に。

環境・地域・文化 亀岡に今も残る弓矢の名手・那須与一ゆかりの地「那須与一堂」の伝説を絵本に。 300年、与一堂を守り続けた方々のお話を絵本にして寄贈。市民の方や未来を担う子どもたちに伝えたい。

 私たちの住む亀岡にて、ひっそりと300年守り抜かれてきた那須与一堂。
 今となっては老朽化も進んでしまっていますが、その地の人々に脈々と語り継がれてきた心あたたまるお話は多くあります。

 そこで歴史にも登場する、安倍晴明、そして那須与一ゆかりのこの地で結ばれてきた人と人のつながりや史実をわかりやすい絵本として製作し、これを市内の幼稚園や小学校、その他自治会等の施設に寄贈することを目的としています。

 また、寄贈した先においては読み聞かせ会なども開催し、子どもたちの豊かな心の育成材料として役立たせながら、地域・世代間の交流ができる場づくり、そして、より人と人のつながりが深まる活動をして参ります。

達成率

2

達成金額:
68,000
目標金額:
3,000,000

残り4321時間42

プロジェクト概要

実施期間

2018年2月1日〜2019年1月31日

目標金額

3,000,000 円

寄付方法

・インターネットからのお申込。
 http://www.plus-social.jp/donation.cgi?pjid=63
・郵便振替 京都地域創造基金寄付口座 00930-4-312262
      通信欄に「那須与一堂」と記入ください。
・銀行振込 京都信用金庫 本店 普通 3022347 公益財団法人京都地域創造基金

事業の背景

 亀岡市下矢田町の那須与一堂は、源平の合戦で活躍した武将・那須与一ゆかりの地として、無住ながらも地域の人々に守られてきました。
 現在も奥田四一郎さんをはじめとする那須与一堂奉賛会の皆さんで御堂のお守りをされていますが、高齢化もあり、今となっては、たちまちその保持・存続が危ぶまれています。

 そのことから、在住地域・年齢を問わず、有志によって「那須与一堂を守る会」を発足。
歴史や伝説をより多くの方、特に子どもたちにも知っていただけるように絵本事業実現に向け活動をスタートしました。

 また、「那須与一堂を守る会」への参加者も募り、より多くの方や子どもたちに、絵本と読み聞かせ会を提供して行きたいと考えております。

那須与一堂のご由緒

 那須与一堂のルーツは、平安時期の中期(一条天皇の時代)に安倍晴明が、現在の那須与一堂地の辺りに建立した法楽寺という寺院から始まり、本尊は阿弥陀如来坐像で、作者は源信(恵心僧都)と伝わります。
 時は200年ほど流れて、寿永3年(1184)、源平の合戦の一ノ谷の戦いに向かう源義経軍に従事していた那須与一宗高が、山城と丹波の境あたりで急に原因不明の病になり動けなくなりました。
 そこで法楽寺の阿弥陀如来にお参りしたところたちまち快復。そこから義経軍の後を追い、屋島の戦いで扇の的を射抜く武功をあげたのは有名なお話です。
 そしてその後、那須与一は武士を捨て仏門に入り、その法楽寺を再興したといわれています。

 社伝によりますと、江戸時代の享保元年(1716)に火災になり焼失。そこへ住民たちが駆けつけたところ、焼け落ちたお堂跡に、まばゆい金色に輝く阿弥陀如来像が立っていたと伝わります。後に、阿弥陀如来像は一旦近くの寺院に預けられていましたが、明治26年(1893)に地元の人々の手によって現在の場所に安置されました。
 その御堂は那須与一の伝承から「那須与一堂」と名付けられ、地域の人々によって代々受け継がれて現代に至っています。

実施団体

那須与一堂を守る会

活動状況

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